知識は本やウェブなどによって簡単に得られますが、基本的にそれらは他人の頭で考えている状態です。
それらの知識はあくまで「考えるための材料」としてその役割を果たしません。
その知識を「答え」として得てしまうと、ただの頭でっかちになってしまいます。
「自分自身の頭で考える」という事が大切なのです。
本質的なことを感じ取り、感じ取った事について「つまりどういう事か」を考え、見つけ出します。
それには「観察力」と「孤独な時間」を必要とします。
観察する事で、さまざまな抽象的な現象を材料に思索する事ができます。
孤独になる事で、他人の言葉や「誰かの考え」であるテレビやウェブなどの情報をシャットアウトして、思索を内に向ける事ができます。
もしいつも常にテレビやウェブの見れる環境にいたり、常に誰かといようとしたり、悩みをすぐ他人に相談してる状態であれば要注意です。
わかった気になっている状態に陥りやすいと思います。
その状態では、本質的な部分での思索力が身に付きにくい状態といえます。
自分で観察し感じ取り、考え、自分なりの答えをもつ、という事が生きる事のおいて非常に大事な事だと私は考えます。
なかむら

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